レミング

日が暮れてから二駅離れた図書館に行く。ずっと探していた本があっさりと見つかって寂しくて嬉しい。都会の図書館は遅くまで開いていて嬉しい。それに土曜日の夜だというのに誰とも出掛けずに一人で本を読んでいる人間が大勢いて死ぬほど安心する。深夜にコンビニの前で屯する田舎の中高生もきっと同じ心境だろう。目の前に広がる数多の書物とそれに没頭する人々、そして地元の夜中のコンビニに思いを馳せ、シンパシーとノスタルジーに胸を震わせていたら、近くの書架で本を選んでいる大学生と思しき男の姿が目に止まった。細身のチノパンにローカットのコンバース星野源みたいな髪型、どちらかと言えば小綺麗で今風の風袋のその男は、完全に鼻をほじっていた。鼻が曲がるくらいに強く指を押し込んでいた。それも一度や二度ではなく、何度も何度も、執拗に。ほじった指を拭くこともなく、ほじったものの後始末をすることもなく、至極当然のように鼻をほじりつつ同じ手で本を取り出しては戻していく。そんなもの見たくなかった。けれど、どうしても目が離せなかった。人目を憚る様子がまるで無かったから。サバンナの荒原を歩くヌーのように悠然としていた。それが怖かった。なのに、他の誰もが気にも留めていない様子だった。怯えているのは自分一人だけだった。あの瞬間、本当は誰よりも孤独だったのだ。結局。自分がそこにいないようだった。とっくに死んだ幽霊だった。勝手に共感して勝手に幻滅するみたいなことを、未だに続けている。

帰り道。横断歩道を渡っていたら、唐突に濃密に誰かのシャンプーの匂いがした。立ち止まって見渡せども周りには誰もいなくて、信号無視してきた車に轢かれたみたいな気分で、遠くから歩いて帰る。

 

 

 

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