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おめおめと

朝。珈琲、ミニクロワッサン。部屋にいるより外の方が涼しい。雨が降ったあと。

夜。神保町、すずらん通り。夏の終わりの風がゆっくりと吹き抜ける。有名な古書店街は軒並みシャッターが下り、人影もまばら。薄暗闇の中でぼんやりと光るすずらんの形の街燈。挿絵のよう。

 

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大学一回生の時に同じ部活の女の子が貸してくれたThe Moldy Peaches。

音質はスカスカで演奏も下手くそのそれは、小さな子供が描いた不出来だけど純粋な絵みたいで、もう遊べなくなった昔懐かしいおもちゃみたいで、一聴した途端にわが胸の琴線の高いところを引っ掻いた。しかしそれよりも何よりも胸を深く斬ったのは、当時住んでいた狭っ苦しい古アパートでこの曲を掛けながらその女の子が言った一言だった。

「これはSさんが貸してくれたやつで、凄い気に入ったから自分でも買っちゃったんだ」.。!!!。

Sさんは同じ部活の四回生で、僕からしたら大嫌いな、嫌い過ぎる先輩だった。僕たちのいた部活は、体育会系でもないくせに体育会系よりも上下関係が厳しくて、先輩の言うことは絶対、先輩からの酒は絶対、一回生は飲み会で潰れるのが仕事、という馬鹿丸出しの風習があった。酔いつぶれて寝ている間に落書きされたり、服を脱がされたりなんかはまだ可愛いもので、両手の指を全て接着剤でくっつけられてたり、池に投げ捨てられたり、ロケット花火で撃たれたり、四回生の一回生に対する可愛がりは横暴を極めていた。一歩間違えたら殺されていてもおかしくなかったと思うし、僕自身「いつか殺す」と思っていた。あいつらは先輩でも人間でもない、悪魔だと。そんな四回生の中でもSさんは特に威圧的で苦手な人物だった。酒の席ではしつこいくらいに絡んでくるくせに、運悪く学内で出くわしてこちらが挨拶をしても、一瞥だけして何も言わず通り過ぎていく。あの興味のなさそうな目。

そんなSさんがこんな不器用で温かい音楽を聴いていただなんて、そしてそんなCDを後輩の女の子に貸してあげるような、普通の、ちょっと甘酸っぱい青春を送っていただなんて。それらがいま、二つとも自分の部屋にあるだなんて。なんとも捉えようのない不思議な気持ちになった。

自分からしたら嫌な人間でも全員に対してそうであるわけじゃないこと。目の前にいる人が、自分の知らない場所や知らない誰かからもたくさん影響を受けていて、自分が与えた影響も自分の知らない誰かに伝わっていくこと。当たり前だし知っていたけど、こんなにもローファイでフォーキーなものだったなんて、分かってなかったな。