鍵を返す

職場の引っ越し。派遣社員なので真っ当なサラリーマンより異動が多い。

楽しかった思い出なんてろくにないけれど、去る時はどうも少しだけ名残惜しいし、また一から新しい場所に飛び込むことを考えるといつだって気が重くなる。だからと言って、この先ずっと同じ場所でずっと同じようなことを続けていくことを想像すると、どうしようもなく気が遠くなる。ずっと先のことと過去のことばかり考えている。気に入られるのも嫌われるのも怖いらしい。

住んでる場所もそうだった。そこそこの回数の引っ越しを経験して、ベッドタウンも学生街も地方都市も経由して都会に出てきた。どこにいても「居心地が悪い」と思っていた。そのくせ離れてから途端に懐かしくなる。「悪くなかった」と思う。今「居心地が悪い」と思う。「住めば都」なんて大嘘。

『ここは退屈迎えに来て』『さよならガールフレンド』『この町にはあまり行くところがない』読み返す。どれも好きな作品。町の中の閉塞感。行き場の無さ。そこに惹かれて読むのだけれど読み終わると共感よりも負い目が勝つ。作品に漂っているような、虚無感も焦燥感も孤独感も透明感も、無かったわけじゃないけど、あんなにクールでもセンチメンタルでもなかった。ただ過ぎ去るのを待っていただけ。どこにも深入りしなかったコンプレックスが疼く。上京してきて地元の悪口を言っている人にも、地元で何の不満もなく暮らしている人にも、どちらにも共感ができない。自分がマイノリティであったことを嬉しそうに語る人に感じるモヤモヤ。こぼれ落ちるぎこちなさだけに救われる。

20の時、友達の引っ越しを手伝った。恋人と一緒に暮らすという。全ての作業が終わってからひょっこり現れた彼の恋人、酒焼けした声のやけにマスカラの濃いその年上の恋人からビールと一万円をもらって二人で焼肉を食べに行った。

それから丁度一年後、また引っ越しを手伝った。これからは一人で暮らすという。荷造りも一段落して、ベランダでぼんやり煙草を吸っていたら「もうここからの景色は見えなくなるんだ」と思って不意に泣きそうになった。自分の家でもないくせに。二回しか来たことないくせ。荷造りをしているとたまに思い出す。他人の生活感。残り滓。

www.youtube.com